終活はなぜ、お金の話ばかりなのか?

  • 2024/06/13
  • 縁空のオケイ/勝 桂子

 数年前に日本列島が騒然となった「老後2000万円問題」(※)をはじめ、終活セミナーでは「100歳過ぎまで生きても、お金が足りますか?」ということが来場者の最大の関心事です。
 葬祭や墓じまいがテーマの講座で、「ご自身の弔いは、できるだけ安く、最低限でいいとお考えのかた?」と質問すると、都市部では9割以上のかたが挙手されます。

※老後2000万円問題とは?:マスメディア各社が金融庁・金融審議会「市場ワーキング・グループ」の報告書をもとに「平均的な生活を送る夫婦の場合で、2000万円蓄えていないと、老後の生活が破綻する(かも)」と報道したことで、国民の間に不安が募った問題。これについては縁空のYouTubeチャンネルでも「個別具体的に検討すれば怖くない」という内容の動画を作成しています。

お金の話をするかどうかが、半世紀前の〝ご隠居さん〟との大きな違い

 私が子どもだったころのお年寄りは、お金の話をすることはほとんどなく、盆栽をいじったり、縁側で日向ぼっこをしたりしながら、もっと人生をかみしめていたように思います。

 いまの高齢者ほど経済にも詳しくないし、難しい言葉も使わないけれど、どこかうんちく深く、子どもでも納得せざるをえないようなひとことを、ポツリと言ってくれる。それが、近所のおじいさんおばあさんの印象でした。

 日本が経済成長をとげるなかで、いつしか高齢者が尊敬されない国になりました。

 長寿社会になったために、認知症の問題などが浮上したこともあるでしょう。
 しかしそれだけではないと思います。健常な70代、80代、90代の人たちが口をそろえて「迷惑かけたくない」とおっしゃる。
 つまり、下の世代に世話になることを拒絶しているのです。

 自営業者の割合は戦後すぐには6割以上でした(総務省職業別人口統計から、農業・漁業も自営業とカウントした場合)が、いまは1割以下です。

 自営業であれば、親子が何十年もの間ともに仕事をしますので、ピンチのときに親の経験が子世代の心を打つこともあったでしょう。
 災害や環境の変化で売り上げが厳しいとき、ともにお茶漬けをすすりながらしのいだこともあるでしょう。
 艱難辛苦をともにし、喜びもわかちあっていれば、引退した親は人生の師匠ですから、年老いた親を養うのも当たり前。
 感謝とともにめんどうをみたでしょうし、親の側も与えたものが大きいだけに、〝一方的に世話をされている(迷惑をかける)〟と恐縮することもなく、〝苦労は糧になる〟くらいに思って子世代を頼れたことでしょう。

 いまは、親子が別々の会社で働くほうが一般的ですから、大人どうしとして艱難辛苦をともにはしていません

 だから、〝迷惑かけたくない〟になるのでしょうし、迷惑をかけないためには、自分で煮炊きができなくなったときのためにお金を蓄えておいて、施設入所しないといけないから、終活はお金の話ばかりになってしまうのです。

日本全国、〝生きがい危機〟

希望に満ちて定年を迎えた半年後の、軽傷うつ

 まじめで勤勉。努力家で、忍耐強く、いい学校を出て、名のある会社に勤め、40年間勤めあげました。
会社に言われる目標数値を達成することに毎週懸命になり、仲間や部下を力を合わせて山も谷も乗り越えてきました。

 きのうまで「いってらっしゃい」を言われる立場だったけれど。
 誕生日を境に、パートに出かける妻と大学生の娘を送りだし、「いってらっしゃい」を言う側になりました。

 新聞記事に目を通しながらワイドショーを横目で見て、それが終わると、昔話題だったけれど録画で見る余裕もなかったドラマの再放送にひきこまれます。
 ドラマを2本ほど見るとお昼のニュース。

 朝ごはんの洗い物もできていないまま、コンビニにサンドイッチと飲み物を買いに出て、簡単に昼食をすませます。午後は2時間ドラマの再放送を見るとはなしに見始めてしまい、気づけば夕方です。
 重い身体をもちあげて、たまった洗い物を片付けます。洗濯ものも取り込んで畳んでおくように言われていたことも思い出し、取り込みだけは済ませますが、ソファーに積んだところで、眠気が襲います。

 くる日もくる日も同じようなルーティン。ある日、うたた寝のなかで思い出しました。

定年退職したら、あれもしよう。これもしたい。妻と旅行にもたくさん……

 その日が来るまでは、あれこれと希望を抱いていたはずでした。
 ところが何日たっても、気力が湧きません。

40年も働いたんだし、疲れがたまっているのは当然だ。今月いっぱいは休息してから。

 そう思っているうちに、3ヵ月、6ヵ月と、日は過ぎました。

(AIを使って作成したイメージ図です。このページの他の画像も同様)

この先の数十年を、なんのために生きてゆけばいいんだろう?

 希望に満ちていたはずのリタイアメント後の日々。
 どれだけ趣味にお金をかけても大丈夫なよう、充分すぎる蓄財もしてありました。

 しかし人生、お金がふんだんにあっても、うまくゆかないことがあるようです。

孫も手が離れたその後。なんのために生きればいい?

 80代、独居女性。

 離婚して仕事に追われながら、3人の子どもを育て、孫の世話もしてきた。孫が全員中高生になり、
急にひとりの時間が増えたいま。

なんのために生きているのかしら?

 と、ふと考えてしまう。

 高齢独居者には、「きょういく」と「きょうよう」が必要だと言われます。

  • 今日、行くところがある
  • 今日、用がある

 行く場所がなくても、さしたる用事がなくても、そして預金など数十万円も持っていなくても、長男の家に住まわせてもらい、追い出されるような心配もまるでなく、毎日縁側で日向ぼっこをしながらにこにこ笑い、鳥のさえずりを聴いてみかんを頬ばっていたあの、愛らしい温厚なおばあさんは、どこへ行ってしまったのでしょう?

就職数年目で突然、目的を見失う……

 終活世代だけではありません。20代半ばの青年の多くも、あるいは30代、40代も、生きがい危機に陥っている人は少なくありません。

 就職活動をがんばって、名のある会社に就職した。
 部署の先輩に気に入られるよう。部長によく思われるために。常務に名前をおぼえてもらうために。
 評価をめざして3~4年つっぱしってきた。

 ある日突然、思うのです。

A評価をもらいつづけて、課長になり部長になったとして。
その先にめざすものって、あるんだろうか?

 まるでお釈迦さまがお城の門から、老いた人、病気の人、死にゆく人をごらんになって

「人間は必ず老い、病気にもなり、やがて死にゆく。なんのために生きるのか?」

と悶々とされ、ついには妻子を残して城を飛び出し修行に出られたように。

 この青年は、生きるための目的を見失い、心がポッキリと折れた状態です。そのまま運悪く希望しない部署への配置転換になったり、あるいはヒステリックな上司と組まされたり、できのよろしくない新人の世話をおしつけられたりしようものなら、苦悩はどんどん深くなるでしょう。自分が新人のうちは、自分のがんばりだけで評価もついてきますが、4~5年目ともなればチーム内での統率力や、問題のある社員をいかに効率よくさばけるかといったことも評価のうちに入ってきます。

 自分のせいではないのに、評価が下がる。がんばっただけでは、どうにもならない――。

 縁空社長の古溪僧侶も永平寺へ修行に出る前、この青年の状態でした。いまは、SNSで毎日、苦悩する人々へ仏法を伝えることに生きがいを見いだし、日々を前向きにすごしています。元・京セラ会長の稲盛和夫氏の名著『生き方』で、利他的な視野のなかにこそ、生きがいは発見できるということに目覚めたことが、会社を辞めて修行に行くことになったきっかけでした。
(※詳しくは、当ウェブサイトトップページ中ほどの動画をご覧ください)

あらゆる職業に、必要なこと。それは、誰かの役に立っているという実感。

 仏教のおおもとにもなっていて、おそらく神道とも根底はつうじていると思われるインドのヴェーダ思想では、今生に生を受けるのは〝体験するため〟だと教えます。

 自然法則は、低確率で突然変異を繰り返しながら、多くの種がたがいに支え、支えられ合う関係を結果として残してきました。ある種だけがはびこるような結果ではなく、多くの種が生き残るような変化をとげているため、虫が花粉を運び動物の糞尿が草木の養分となるような、絶妙な関係が築かれています。

 この支え支えられ合う絶妙な関係をみるとき人は、そこに人智を超えた偉大な力(神のようなもの)を感じるのでしょう。

 その偉大な力の魅力を感じるために、生きているのだとすれば?
 わたしたちのひとりひとりも、その人智を超えた偉大な自然法則のなかで生じたり消えたりする一点にすぎない、という自覚をもつことができれば、死別も恐怖ではなくなります。

 そして、生きている間はできるだけ誰かの役にたち、いつか消えゆくまでの間にできるだけ偉大な自然法則の〝部分〟として貢献しよう、という思いになれるのではないでしょうか。

 命を使う、と書いて「使命」。

あなたはその命をなんのために、使いますか?

 同じ働くなら、少しでも時給の高い仕事。
 同じ時給なら、できるだけ楽な仕事。
 時給も高くなく楽でもない仕事は、辞めたい。

 こうした発想だと、毎日が辛く、精神的にはすり減るばかりだと思います。

 自分の時間を切り売りしてお金に換え、そのお金を自分の老後のために貯め込んでいませんか?

 人生を濃密にできるのは、いつか終わる人生のゴールテープをきちんと見据える力。
 そして、いつか終わるまでのほんの数十年の間に、どんな人の役にたち、今生の使命を果たしてゆくのか。

 自分の時間(命)を切り売りするのではなく、誰かのために役に立った結果として生活の糧が入ってくる。そんな生きかたに換えていきませんか?

 自分の死別体験を、誰かに伝えることであとから死別を体験した人々を少しでも楽に――。
 こうしたことなら、スキルがなくても誰でもトライできます。
 そしてそれは突飛なことでもなんでもなく、半世紀前まで、わたしたちの祖先がみんなやってきたこと。

 半世紀前。「儲けのことしか考えない人間は、犬猫以下だ」と言われたそうです。
 せっかく人間に生まれた今生。誰かのために活かしていきませんか?

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縁空のオケイ/勝 桂子

縁空のオケイ/勝 桂子

宗教法人専門特定行政書士/仏教系FP/葬祭カウンセラー。 遺言相続、任意後見などの相談に応じるなかで、お金の心配ばかりの終活に疑問を感じ、古溪光大僧侶とともに縁空合同会社を起業。業務執行責任者として、葬祭カウンセラー認定実用講座などを運営。 『いいお坊さん ひどいお坊さん』(ベスト新書)、『心が軽くなる仏教とのつきあいかた』(啓文社書房)著者として、全国各地の僧侶研修に登壇。AFP。東京都行政書士会板橋支部役員。民生児童委員。

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